実録 蘇生した介護老人

第17話 リハビリ② -実録 蘇生した介護老人-

第17話 リハビリ② -実録 蘇生した介護老人-

脳トレ

制度的には脳トレ(トレーニング)は「リハビリ」の範疇に入らないようだが、高齢者の低下した「脳力」を回復又は維持する訓練はリハビリそのものと言っても良いだろう。 どこの介護施設でも、訓練をシステマティックにするかしないかを問わず、やっている筈だ。この老人介護保健施設では“保健”の名の通り十分に意識して実行していた。脳トレと動作をあわせて、輪投げ、玉入れ、ボール転がしや片手に持った短棒を上に放って落ちるときにその手で掴む運動も脳トレの延長と考えられ、リハビリのトレーナーに限らず、一部のスタッフも指導役に就いたとともに、口腔・発声訓練等も担当していた。 

これらの訓練は、午前10時、午後4時から行われた。朝は、スタッフが食堂の机の対面に座って「お早うございます」 (自分の名前も言うべきだ) の挨拶から始まって、直ぐ、「今日は何日、何曜日ですか?」と問い掛ける。即答する人は居ない。分かりきっているから馬鹿にするなとの気持ちで答えないか、分からなくて答えられないかどちらかである。直ぐ横を向いて掲示板に記入されている日付を見て「△△年△月△△日です」と発声する人がいる。スタッフ は「見ちゃだめですよ」とたしなめる。翌日別の当番スタッフが必ず同じ質問をする。と、前日の人が「△△年△月△△日です」と前日と同じ日付の答えをする。掲示板の日付が当日に更新されていなかったからだ。可愛い人だ。スタッフは「あ、それは昨日ですよ」と言って日にち論は終わりにする。間違いの日にちを言った人を脳トレの成績として評価するか、放置するかは分からない。

座ったままでの軽い体操、口の中でベロを動かす訓練(口腔・発声訓練)が続き、当日の昼食のメニュー、3時のおやつの紹介で朝の体操(トレーニング)が終わる。

女性スタッフの麦沢さんは、英語とスペイン語をこなし、互いに気が通ずるようになり時々彼女のファースト・ネーネーム(サチエさん)で呼んだ。個々の居住者の特徴をよく捉えている。彼女が担当するトレーニングには極力参加した。彼女が5本指を親指から小指まで順に開閉する時に最初は「一、ニ、三・・六、七、八・・」と呼称させる。「次は英語で数えましょう」と言うと、皆は威勢良く 「ワン、トゥー、スリー、・・・セブン、ナイン、テン」と数え上げる。皆が10本の指を広げたとき、「今度は、逆にテンから折って行きましょう。テン、ナイン・・・」とリードすると、皆は「ナイン」と斉唱するがその次が消える。私は彼女にウィンクをしながら、口パクで「eight, seven, six, five,・・・one」と数えた。

易しいテストだが私も初めて受けた賢い脳トレの手法だと感心した。

その次に、彼女は「親指はなんと言うでしょうか」と皆に問う。これは難しい筈だ。私をテストしたのかもしれない。私は「サム(thumb), 人差し指はフォフィンガ(forefinger) です」と答えて止めた。一瞬、薬指(ring finger)の言い方を忘れたことに気付いたので恥をかきたくなかった。彼女は追いかけた質問をしなかった。彼女も自信がなかったのかもしれない。

別の日のおやつの時間に、彼女が私に「お煎餅のことを英語で何というか知っていますか?」と突然質問した。「あー、知りませんね」と言ったら、「ライスクッキーで良いようですよ」と説明してくれた。彼女はチリの二世だから英語よりスペイン語の方がネイティブの筈だ。

私に、南米ヴェネゼラなど3ヶ国で育ち、Yale大学を経て、Stanford大学で博士号を取り、現在、東大大学院で英語のみで(日本語が下手)化学を教えている変わった学者の甥がいる。この甥が、ここの施設に最初に見舞いに来た帰りがけに、彼女に廊下で会って「こちらの職員さんはサチエさんといってスペイン語ができるンだよ」と紹介したら、二人はベラベラと話し始めた。彼女は久しぶりの母国語で嬉しかったのだろう。後で、「あの方凄くスペイン語がお上手でしたね」と褒めてくれた。甥がもう一度来たときも彼女と会って、その時は活発な会話を交わしていた。私は、スペイン語は分からない。ただ、錆びた英語をブラッシュアップしたいので妹から英語の本を貰ったりして、自主脳トレの強化を図っている。

後で彼女は私に南米各国の日本語の紀行記を貸してくれ、甥は私に英語の小説を贈ってくれ、それぞれ楽しんで完読した。

サチエさんは5~6人を誘って、よくトランプの神経衰弱をしていた。私は一度だけ出たが、開かれていなかった一枚目をめくる最初の番に当たると、次の一枚は当てずっぽうでめくらねばならず、記憶力の訓練と無関係になる。後の人の方が伏せられたカードを覚えておけば当然有利になる。昨日のことを忘れる人が最後の番になって2組のカードを拾い上げた。その人は、既に偶然同じ数のカードをめくって1組を持っており、最後に4枚残っていた時に偶然2枚目を当てて2組となり、結局4枚を総取りしたので合計3組となり、一番になった。麦沢さんは 「栗本さん凄いですね。一番ですよ」と誉めた。栗本さんは相好を崩していた。因みに私は2組しか取れなかった。

脳トレには幾つものプログラムがあるのだから、リハビリ施設は適材適所ならざる「適材適トレ」をグループ分けしてより効果的適用を図ったら良いのではないかなどと思った。

 

 

著者プロフィール

大山 Tak 卓 1931年生まれ。

介護ホームローズ(仮名)入居者。東京大学法学部卒。国税庁入庁(大蔵事務官)、税務署長。エッソ石油(現エクソンモービル社子会社)税務部に転職、東京及びニューヨーク本社在勤。その後、ファイナンス会社数社の経営に参画。対米、カナダ、香港の投・融資・契約業務実施。国際経営コンサルタント。

編集者:野口 Kao 廣太。1986年生まれ。介護ホームローズ(仮名)施設長。理学療法士。デンマーク国立Egmont校卒。スヌーズレン施設設立。教員アシスタント。デンマーク福祉施設にて障碍者、高齢者への支援を実施。

 

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ABOUT ME
堀田慎一
経営コンサルタント/MBA/大阪市立大学大学院非常勤講師 1992年より2015年まで大手経営コンサルティング会社にて勤務。うち2002年から2005年まで一般財団法人医療経済研究・社会保障福祉協会医療経済研究機構にて勤務。2016年より一般社団法人国際福祉医療経営者支援協会代表理事。