実録 蘇生した介護老人

第9話 車椅子とトイレのルール -実録 蘇生した介護老人-

第9話 車椅子とトイレのルール

入所すぐに私に手漕ぎ用の車椅子が当てがわれた。生まれて初の ―実際はNCGMで乗っていたが、私の意識外だったし、押してもらったに過ぎなかった― 車椅子の使用は内心気恥ずかしい思いはあるが、楽しい一面もあった。直ぐ漕ぎ方は上手くなり、左右の漕ぎ輪を逆方向に回して回転を速めることなども自在にできた。他の入居者がタイヤだけで漕ぎ輪のない車椅子(介助式)に乗っているのを初めて見た。また、背もたれがリクライニングし、足が上に高くなる介護用の車も珍しく思った。ついでながら、私が使う漕ぎ輪(ハンドリム)付車椅子を業界では自走式と言うらしいが、自動的に走るか、自分の足で動かすかの語感があり、違和感がまとわる。漕ぎ輪がありながら足を蹴ってソロソロ動かす人がおり、丈夫な両手があるのに勿体ないとしきりに思う。

どの種類の車椅子も使わない人は6階北側の食堂の利用者約13人中1人居り、他の全て(私も含む)は常時おしめを付けており、トイレに行く時は施設のルールを守らなければならない。それは、スタッフにトイレに同行してもらうこと、大小を問わず便のチェックを受けること、そしてこれをトイレ側の台においてある記録用紙の各人別、時間別欄に記入するか、若しくは、申告することである。

「栗村さん、そっちへ入っては駄目!」とスタッフが声を挙げる。彼女は車椅子が入るとおしめの脱着が難しくなる小さい方のトイレに独りで入りかかっている。スタッフは3間ばかりスッ飛んで来て彼女の車の取手を掴み、大きい方のトイレに押して行く。

室さんの場合は反対だ。彼女の方が高齢者だが、トイレの大小は間違えない。

「室さん!室さん、さっき行ったばかりですよ。行っても何も出ませんよ!」と言って席に連れ戻す。室さんは、10分と経たず、また行きだす。

「さっきも言ったでしょう。今行っても出ませんよ」と、スタッフは繰り返す。その次の時には、スタッフが根負けして、トイレに同伴する。スタッフは恐らく、出方を確認しただろう。室さんはそれで納得したのだろうか、席に戻るとテーブルに顔を伏せて寝始める。これで一巻の終わりだ。

室さんは超高齢者であり、認知度もそれなりに進んでいるだろうが、頻尿過申告症(?)は認知症の一現象なのだろうか、施設としての対応はこれを繰り返す以外にないものか、手間がかることだ。

私の場合は、立っているスタッフさんがこちらを向いたとき直ぐ手を挙げて「トイレお願いします」と言って、トイレに「自走」 し、ノート記帳の担当者にトイレの使用を申告をする。男性スタッフの佐藤さんと目が合ったときは指でトイレを指すと直ぐ付き合ってくれるような仲になっている。朝食後のトイレで、「便を出すつもりなので10分位かかるかもしれません」と言うと、「終わったら、紐を引っ張って呼んでください」と返してくれる。私の便は、便秘の時は何度か腹を揉みながら気張らないと出ず、10分やそこら掛かるので「便を出すつもり」と、他動詞を使うことが多い。しかし、スタッフはそんな動詞形はどうでも良いだろう。

出すやり方は、深呼吸をしながら右掌で右腹を下方向に強めに20回こする。直腸の蠕動(ぜんどう)を促進させて途中に留まっている便を動かすためだ。20を数えたところで気張る(これを1ラウンドとする)。おならが出れば良い兆だが、変化が出なければ、ラウンド毎に、最大限息を吸い込み息を出し切るまでの深呼吸をする。2ラウンド、3ラウンド、4ラウンドと繰り返す。普通はこの辺迄でおならが出て、便意が現れ、気張れば出て来る。駄目でも私の場合10ラウンドまでやって成功させた。あきらめては駄目だ。10分かけるつもりで慌てないでやる。昔大学受験勉強中にトイレに本を持ち込み、読む途中で気張るなどしていたが、年寄には向かない。少しラウンドに集中したほうが良い。

排便に成功して、私がコールすると、時々「ほかの職員が行きますから少し待って下さい」と応えられ、10ラウンドの後さらに3分以上便座に座ったまま待つことがあるが、これは尻の肉がなくなっている者にとっては難儀なことである。

その職員さんがやってきて便器の中を覗き、便の性状をチェックし記帳もする。

次回へ続く・・・

 

著者プロフィール

大山 Tak 卓 1931年生まれ。

介護ホームローズ(仮名)入居者。東京大学法学部卒。国税庁入庁(大蔵事務官)、税務署長。エッソ石油(現エクソンモービル社子会社)税務部に転職、東京及びニューヨーク本社在勤。その後、ファイナンス会社数社の経営に参画。対米、カナダ、香港の投・融資・契約業務実施。国際経営コンサルタント。

編集者:野口 Kao 廣太。1986年生まれ。介護ホームローズ(仮名)施設長。理学療法士。デンマーク国立Egmont校卒。スヌーズレン施設設立。教員アシスタント。デンマーク福祉施設にて障碍者、高齢者への支援を実施。

 

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ABOUT ME
堀田慎一
経営コンサルタント/MBA/大阪市立大学大学院非常勤講師 1992年より2015年まで大手経営コンサルティング会社にて勤務。うち2002年から2005年まで一般財団法人医療経済研究・社会保障福祉協会医療経済研究機構にて勤務。2016年より一般社団法人国際福祉医療経営者支援協会代表理事。