実録 蘇生した介護老人

第10話 寝小便 -実録 蘇生した介護老人-

寝小便ー実録 蘇生した介護老人ー

施設の夜バージョンのおしめ交換は夕食後から始まる。夕食が済んで6時半頃までに、ベッド行きの人たちはスタッフが分担してトイレに連れて行き、おしめ(紙パンツ)を夜バージョンに交換する。夜間は、一部の人が夜8時又は夜中の2時、全員が(おしめを着けない人を除く)朝4時の2回と、定まっている。B病院は全日につき朝4時、10時、夕5時、夜8時の4回だったことを思い出す。老健は病人を治療する所ではないから病院と相違する時間割であることは当然だ。

私は、朝4時少し前にパジャマの下部が濡れているのに気付いた。慌ててシーツに手を当てると冷たく濡れている。更に掛け布団のカバーも濡れている。大寝小便だ。時間が経つと高価な羽毛の掛け布団にもっと染み込んで施設から賠償請求を受けるかもしれないと恐れ、「何時でもナースコールして下さい」を早速実行しようとした途端、バケツをカタカタとならし、床をガツガツと歩いて部屋に向かってくるパート女性に気付いたので、寒いが掛け布団を空気に触れさせるよう両膝を立て、布団の上をめくって待っていた。

「偉いことをしました。寝小便して、布団まで濡らしました!」と彼女に告げた。彼女はパジャマに鼻を近づけ、辺りを手で触って曰く、「臭いしませんね。少し濡れているが汗をかいたのでしょう」と一笑に付す。

いや、私は一瞬、またカオスに戻ったかと思ったが、

「いやとんでもない。濡れていますよ。」

「悪いけれど早いところ取り替えてくれませんか!」 威張るわけではないが自信満々で言い返す。B病院でおしめにウンコを出して、ナースと問答したことを思い出す。こちらのパートさんは、私の判断をとったか自分の判断を引っ込めたか分からないが、黙って上下の布団、おしめ、シーツ全部を取り替え、私の替えパジャマを衣類棚から取り出して着替えを終えさせた。私は今や寝たきりの病人から脱却していたが、ベッドから退かされることはない代わり、B病院の比でなくかなり乱暴に寝ている身体を右向け、左向けと押されながら転がされた。

実は布団濡らし事件はその後、同じパートさんとの間でもう一度起こった。その時は、パートさんは「汗だ」とは主張しなかった。むしろ、事件の原因を調べたようだ。そして施設の他の職員、パート、薬剤師等関係者間で私の寝小便対策は次のように決められた。

その一部については私の同意が求められた。

第一の原因は、つまらぬ事だった。私が着ける紙パンツ(おしめ)は時々Lサイズの物があり、隙間があったのでそこから漏れが出た。よって、今後はMサイズに統一する、かつ、夜間はパンツの内側に一丁(いっちょう)褌(ふんどし)的なおしめを着ける。

第二は、私の夜間尿量が相当多いのでおしめの付け替えのピッチを狭める。即ち、初回のおしめを夕食直後でなく夜8時とし、夜中の2時を加える。朝4時は従前通り。2時の件は「スタッフの方に荷重を掛けることにならないですか?」と問うたら、「そばの部屋に同じ時間に替える方がいるので一向に構いません」とさらりと対応してくれた。

第三の対策は薬の新規調合だ。睡眠導入剤 (職員は「眠剤」と読んでいる)を適量就床時に飲むこと、その上で、利尿剤を減らすことらしい。眠剤を飲む時間は9時前後と定められた。後で、利尿剤の減量と足のむくみ止め効果とは攻めぎあいになって、二つの調制は微妙だとの趣意を施設の医師が私に説明した。これらの措置のお陰で二度あったことは三度無かった。

普段はリクライニング車椅子に乗り、食事はテーブルに他の入居者と同席して介助食を摂る一人の女性は、時間がかかるため介助によって先に食事をすませる。夕食後はスタッフが私の席の左側に車を運び、ベッド行きまでの20分間程一時停車して、車を離れる。聞こえるか聞こえないか分からないほど小さい声でボソボソと「おいしい?」と私に問いかけているようだ。 「おいしいよ」と私は答える。毎夕同じパターンだ。その後は、悪いが、聞こえなかった振りをして黙っていた。こちらは食事中なのだ。時々、臭い香りが鼻に漂う。おならならすぐ発散するが、これはそうではない。「臭いよ」とは本人に言えず、職員にも耳打ちすることも憚る。やがてスタッフが運転席に戻り、何事もなかったように本人を部屋のベッドまで運んで行く。

彼女は食事以外の時間はベッドで過ごすと思う。よっておしめの脱着はトイレでなく、すべてベッドでなされるのだろう。夜バージョンの脱着は、夕食後のトイレ行きがベッド行きに代わるだけで、その他は私と同様2時、4時に設定されていると推察するに難くない。

次回へ続く・・・

 

著者プロフィール

大山 Tak 卓 1931年生まれ。

介護ホームローズ(仮名)入居者。東京大学法学部卒。国税庁入庁(大蔵事務官)、税務署長。エッソ石油(現エクソンモービル社子会社)税務部に転職、東京及びニューヨーク本社在勤。その後、ファイナンス会社数社の経営に参画。対米、カナダ、香港の投・融資・契約業務実施。国際経営コンサルタント。

編集者:野口 Kao 廣太。1986年生まれ。介護ホームローズ(仮名)施設長。理学療法士。デンマーク国立Egmont校卒。スヌーズレン施設設立。教員アシスタント。デンマーク福祉施設にて障碍者、高齢者への支援を実施。

 

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ABOUT ME
堀田慎一
経営コンサルタント/MBA/大阪市立大学大学院非常勤講師 1992年より2015年まで大手経営コンサルティング会社にて勤務。うち2002年から2005年まで一般財団法人医療経済研究・社会保障福祉協会医療経済研究機構にて勤務。2016年より一般社団法人国際福祉医療経営者支援協会代表理事。