実録 蘇生した介護老人

第19話 異常事態 -実録 蘇生した介護老人-

第19話 異常事態 -実録 蘇生した介護老人-

夜中に火災報知器がビー、ビーとけたたましく唸り始め、およそ5分間も続くので飛び起き、急いで身繕いをした。戦時中の空襲警報のお陰で夜中の身繕いには一応慣れている。煙などは臭ってこないので、逃げる時間はありそうと思った。食堂のホールに出た。誰も居ないし、他に騒いでいる人もいない。報知器の音が聞こえない人達は絶対にいないはずだ。TVの音量40の騒音を気にしない人達は火災報知機のけたたましさも気づかないで寝ているのだろうか? 報知器の音は数分後に消えたが、夜勤の職員に尋ねようと南側の事務室に行った。そこには2,3人の男性職員がいた。「どうしたの?」と聞いたら、二人の男性が「誤報です。下の階で間違って押したようです」と事もなげに言う。
私はむっとして「何故みんなに誤報でした、済みませんでした、と直ぐ謝らないンですか」とつっこんだら職員は黙っていた。私は激した、「責任者から説明を聞きたい」と。
最初のビー、ビーから15分でベッドに戻り、再びパジャマに着替えて、寝直した。

1988年秋に、仕事でニューヨークからカナダのトロントに飛び、市内のホテルに泊まった夜のことを思い出した。 夜半に火災警報器がなった。途端に、「Don’t worry, please. We’ll guide you to the ground safely.」(正確な表現は忘れたが、「ご心配なく、私どもは皆さんを安全に地上にご案内します」の意味) と放送があり、急ぎ服に着替え、財布とパスポートをしっかりポケットに仕舞い、部屋を出たら4、5人の客がおり、一緒に建物の外階段に出た。そこは9階ぐらいの階段で、超高層ではなかったが、地上は遙か下に見え、20人位がダンダンとステップを降り、少し怖かった。外気はかなり冷たかった。直ぐ前でステップを降りていた老婦人は 「I’m horrified (こわい)」 と震え声だった。地上まで降りたが、火事ではなかったので私はエレベーターで戻った。後、ホテルのマネジャ-からの詫びはなかったと思う。警報機の誤報などには顧客に謝らなくてよいのは国際的な了解事項なのだろうか?

その日の昼近く施設の職員二人と施設長らしき人(会ったことはなかった人)が私の別の机の所に挨拶にきて、みなに誤報のことを告げなかったことを詫び、その事情を説明したが、私は、「私個人に謝って貰うことではなく皆さんに説明した方が良いのではないですか? そして本当に火事が起こったときは、先ずテラスに誘導し、外に出るのはどうでしょうか。」とお節介を言った。しかし、私は車椅子の人の誘導方法には思いが至っていない。入居者全員に対する誤報の詫びは結局されなかった。文句をつけなかった人たちには詫びをすることはない、というスタンスだったかもしれない。

自分が疲れ易すいくせに人の世話好き、話好きな妹(83)が度々見舞いに来る。5月末のある日の3時頃、彼女が食堂の別席で私と話し込んでいる最中に「ちょっと気持が悪くなった」と、顔を机に伏せたので話が中断し、大丈夫と言いつつ顔の上げ下げを無理して繰り返すので、ホールの人達に目障りだと思った時、スタッフの一人が飛んできて「家族談話室でゆっくり休んでいてください」と、一旦一緒に連れて行った。しかし、すぐ「あ、横になった方が良い」と車椅子を持ってきて、奥の女性用4人部屋に案内し、空いていた2個のベッドの一つに横にさせ、毛布を掛け、カーテンを半分閉めた。私は不本意ながら見守らざるを得ない。

と言うことは、週2回になったその日の古川トレーナーのリハビリを断らざるを得ないと思ったからである。妹に「少し眠りなさい」といったが、彼女は寝ながら携帯を取りだして息子に電話し、彼に車で迎えにくるように伝えた。夕方の混雑時であり、阿佐ヶ谷から小一時間かかりそうなので妹に断り、親切に待っていてくれた古川トレーナーに「リハビリお願いします」と言いに行き、いつも通りのプログラムで片脚立ちや階段昇降をこなすことができた。

リハビリを終えて、妹のベッドに戻ってもする事がないので椅子を借り、本読みをしたら想定より早く彼女の息子が到着し、帰ることになった。帰り際に我々三人はエレベーターホールまで送ってくれた2,3人のスタッフに深々と頭を下げお礼を述べた。
入居者の見舞人が見舞いを受けると言う逆の立場になった。居合わせた職員のすべてが気遣いをしてくれたことに、私は感謝の念一入(ひとしお)だった。

 

 

著者プロフィール

大山 Tak 卓 1931年生まれ。

介護ホームローズ(仮名)入居者。東京大学法学部卒。国税庁入庁(大蔵事務官)、税務署長。エッソ石油(現エクソンモービル社子会社)税務部に転職、東京及びニューヨーク本社在勤。その後、ファイナンス会社数社の経営に参画。対米、カナダ、香港の投・融資・契約業務実施。国際経営コンサルタント。

編集者:野口 Kao 廣太。1986年生まれ。介護ホームローズ(仮名)施設長。理学療法士。デンマーク国立Egmont校卒。スヌーズレン施設設立。教員アシスタント。デンマーク福祉施設にて障碍者、高齢者への支援を実施。

 

我々は、医療・介護・福祉のすべての人に有益な情報をお届けする活動をしています。
ぜひ以下のサイトもご参考になさってください。

一般社団法人
国際福祉医療経営者支援協会

一般社団法人
これからの介護医療経営塾

現在、病院管理者養成塾、第1期生募集中です。

医療・介護・福祉に携わるすべての人に読んでほしい
Daily Reportの詳細は下記をご覧ください。

堀田の書籍はこちら
コミュニケーション活性化で組織力向上! 経営者・管理者が変える介護の現場
ABOUT ME
堀田慎一
経営コンサルタント/MBA/大阪市立大学大学院非常勤講師 1992年より2015年まで大手経営コンサルティング会社にて勤務。うち2002年から2005年まで一般財団法人医療経済研究・社会保障福祉協会医療経済研究機構にて勤務。2016年より一般社団法人国際福祉医療経営者支援協会代表理事。