実録 蘇生した介護老人

第20話 施設のサービス -実録 蘇生した介護老人-

第20話 施設のサービス -実録 蘇生した介護老人-

施設の食事は一般に普通食と病人食に分かれると思う。病人食というと差別用語になるかもしれない、流動食というべきか。 いずれにせよ、入居者個人の健康状態に応じて主食の量・硬軟または副食(おかず)の量、刻み方、味付けについて相違するよう配慮されている。 3時のおやつも確実に硬いものと流動性のあるものに分かれていた。私は入所当初はすべて流動性のあるものの部類に属していた。

少し体力が付き空腹を覚えるようになった時、職員におそるおそる「普通のご飯をいただけませんか?」と頼んだら、看護師さんを通して頼みを聞いてくれ、硬い白飯を盛って貰えるようになった。ところが、元々東北系の私にとってはおかずが薄味なので、これを口に入れると白飯が半分も残っているのに、おかずが先になくなってしまう。この件にまた触れたら、有難いことに2品付いているおかずの量が5割も増えた。

配膳されたとき隣の人のおかずに目をやると、私のよりずっと少ない。私は恥ずかしい気がした。隣人が私の皿を見て「私の方が隣の人よりおかずが少ないよ」と子供同士の告げ口の言い合いをするようになるかもしれない。そんなことになったら宜しくないと感じ、私は出来るだけ早くおかずに箸をつけ、隣人のおかずの残量と同量になるよう盛りの増えたライスを大口で運んだが、隣人は気にしなかったのか気づかなかったのか、子供の告げ口はしなかったようだ。お陰でその後は気を回さないで食事を楽しんだ。

いずれにせよ、ここの(北側ホールの)人達の多くが、折角の配慮で作ってくれる食事を貪るように食べるが、おかずには無頓着だとすれば失敬なことだと思う。

ユニークな脳トレをした件(くだん)のサチエさんが朝10時の担当の体操と脳トレの間に

「今日の昼食のおかずは鶏肉のソテーとほうれん草のごま和えです。お八つはババロアまたは人形焼です。後で聞きますから覚えておいて下さい」と言って、10分後脳トレ体操が終わったときに、

「お昼のおかずはなんですか?」と改めて問うとテーブルの端の山藤さんだけが答えて(私は口パクで答えた)、他の人達は答えられない。これは認知症診断の代表的手法だ。一番の楽しみに待っている食事なら覚えれば良いのにと思うが、この課題は単純に批評してはならない。認知症の人には先ず答えられない難問なので脳トレ題材には不適切だと思う。

75歳以上の高齢者の自動車免許証取得・更新の際に、この種の記憶力テストが課される。1枚に4個の絵が描かれているものを4枚(16個)を見せて10分後に何の絵だったかを書かせるのだ。私は初回は4個しかできず愕然とした。2回目の更新時でも9個の正解に過ぎなかった。同時に受けた2人は満点と12点だったと、悔しさのため、覚えている。覚えるコツがあるのかもしれないが、構えず、無心になって聞くことが必要かと思っている。要するに私のような理屈好きはこの種のテストは敵になると思っている。麦沢さんのテストは分かっているので、廊下に掲示されている献立表を先にみておくというカンニングをしたこともあった。お八つは甘味好きだし、簡単だから10分前でも言われたことは忘れない。

古川トレーナーに連れられて5階の廊下で歩行訓練のとき、麻雀パイを打ち合っているグループを眺め、その同好の士に加わりたいなとぼやいたら、「ああ、いいことですね」と言われその気になったが、厚いクッションを敷かないと固い椅子に半時間も座っていられない状態を想像し、思い止まることにした。尻の肉がそげ落ち、尾骶骨がもろに椅子にぶつかり、立ち上ってしまえば他の人の配牌が見えてしまうからだ。見なくとも、他の打ち手は不愉快な思いをするだろう。

廊下の掲示板で月一度習字会があることを知って事務室に申込みしたら、風呂場に行くのと同様に当日職員が迎えに来て、7階のホールに連れて行かれた。筆、硯、墨汁、文鎮が12席の各自毎の前に置かれ、3枚のお手本の文字を3枚の紙に書くことになる。六月は、「六月」、「あやめ」、「紫陽花(あじさい)」の3点だった。私は筆を持つのは中学1年―習字の科目があったー以来で、格好をとることは出来ても、押さえかた、はねかたは愚か、正しい筆順も危うくなる。例えば、 “陽”の偏、“花”の草冠(かんむり)の筆順だ。あやふやに書いたら筆勢が落ちるので、ペンで手紙を書くように適当に筆を流して3枚を2分も掛けずに書き終えて提出したら、他の人達は丁寧に書いている最中で、先生は厭な顔をしたようだった。数日後3点のそれぞれに赤の筆で花丸をつけ、「うまい」とか「お上手」とか書き添えて戻された。明らかに誉めすぎである。しかも、ホールの壁の2カ所にこれらを飾った。赤面の至りだ。

私は、習字を習いたかったのだ。しっかり教え、教わることがリハビリ又は脳トレではなかろうか。或いは、誉めることがすべての入居者の脳の刺激に肝要なのだろうか。

活け花講習会も開催されている。男性も歓迎のようだが関心が向かないし、花の原価のためと思われるが会費が掛かるので如何なものか、と考える。習字会でも相当な経費がかかっている筈だ。それにも拘わらず、活け花会は8、9人の人達が先生の手ほどきで真剣にやっている。このほうがコスト負担に値する。

「読み聞かせ」会をやりますから集まりましょうとの声掛けがあり、ホールに行ったら4、5人のボランティアのご婦人が大型の絵本を抱えて待っており、参加者は3、4人ずつ3グループに分かれて着席した。ボランティアは一人ずつ各グループの前に立ち、紙芝居のように絵本のページを見せながら語った。ところが、よく聞こえない。他の二人のボランティアが傍で同時に別の絵本を読むからであり、その上離れたところで消していないテレビが鳴っているからだ。職員はテレビを消すべく足を向けないし、三人のボランティアが同時に語るのでは「読み聞かせ」にならないので、 根本的に一人ずつ交代で読む体制に組み直しすべきだ。さもないと、ボランティアの人達に気の毒だから、これの改善のアドバイスをすべきかと考えたが思いとどめた。翌月また同じ人達がホールに集まっているのを見て、私は出席を止めた。読み聞かせの中味がただ退屈だからだ。

私は北側ホールの本立てから拾い上げて、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の第1巻を読み、次巻以下も読みたい ー読み聞かせられるより本は読むものだー と熱望していたところ、南側ホールの端の小さい書庫にその第2、3巻を見つけ、事務室に断って順次借り出した。4年前のテレビ放映で英国のソプラノ歌手Sarah Brightmanが日本語で歌う「Stand Alone」のバック・グラウンド・ミュージックを、むせび泣くように聴きつつTVに食らいついていた私が、本に飛びついたのは当然だ。ところが、秋山真之が迎え撃つバルチック艦隊とのT字型海戦が納められているべき第4巻がない。職員に聞いたら5階の事務室にあるかもしれないということで尋ねたがなかった。誰かが返してなかったのだろう。残念至極だった。

月に一度ずつ、歯医者の検診があり、歯科医院に行かないで毎回丁寧に歯石取り除きなどをして貰えることは有難かった。また、同じく有料だが理髪師が施設内の立派な理髪室に出張してくれるのも楽しみだった。私はレザーを持たないし、出張理容師は顔そりサービスはしないので、顎鬚を伸ばすことにした。

体重測定は私の関心の元だった。車椅子ごと秤に乗りながらネット体重が目盛りに表示されるよう予め調整されていることは少し乱暴だと思いつつ目盛りを見るのだが、最初は哀れにも43kgまで下がっていたのが、4ヶ月で47kgに増えた(前は58kg)のを見て、希望が湧いてきた。眺めていた女性職員が「背が高いのに私よりずっと軽いのね」とはしゃいでいた。

毎食後、飲んでいる薬の効用、副作用を知らされていないし、そもそも何の治療のための薬かを知りたくて聞いたら、使っている4種類の薬 (代表的にはワーファリンのジェネリック版)につき、各薬の種類ごとにA4一枚にびっしり印刷済みのレポートの提出を受けた上に、美人薬剤師から丁寧な説明を受けた。

その先生は、前に、私が電話を借りたいとの申入れを断ったその人だった。

 

著者プロフィール

大山 Tak 卓 1931年生まれ。

介護ホームローズ(仮名)入居者。東京大学法学部卒。国税庁入庁(大蔵事務官)、税務署長。エッソ石油(現エクソンモービル社子会社)税務部に転職、東京及びニューヨーク本社在勤。その後、ファイナンス会社数社の経営に参画。対米、カナダ、香港の投・融資・契約業務実施。国際経営コンサルタント。

編集者:野口 Kao 廣太。1986年生まれ。介護ホームローズ(仮名)施設長。理学療法士。デンマーク国立Egmont校卒。スヌーズレン施設設立。教員アシスタント。デンマーク福祉施設にて障碍者、高齢者への支援を実施。

 

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ABOUT ME
堀田慎一
経営コンサルタント/MBA/大阪市立大学大学院非常勤講師 1992年より2015年まで大手経営コンサルティング会社にて勤務。うち2002年から2005年まで一般財団法人医療経済研究・社会保障福祉協会医療経済研究機構にて勤務。2016年より一般社団法人国際福祉医療経営者支援協会代表理事。