実録 蘇生した介護老人

第14話 風呂場のコンプラ -実録 蘇生した介護老人-

お風呂 ー実録 蘇生した介護老人ー

男性は水・土曜日午後、女性は火・木の午前及び午後が入浴日で快適な機械浴なので、これを待ち受ける人が多い。いつも行っていながら「風呂に行ったことがない」とうそぶく人がいたことは前に述べた。6階の人は、その日の係の職員に引率されて3~4人ずつエレベーターホールに集まり、車椅子であればぎりぎり4車(人)を載せて、7階に上がり、浴場入口にエレベーターを降りた順で、車椅子のまま又はそこの椅子に座る。ファミレスの順番待ちのスタイルだ。当日の浴場係スタッフに呼ばれた順に脱衣場に入るが、並んだ順ではない。貧乏人は個室の居住者優先―誰が個室に入っているか私は知っているーかと勘ぐりたくもなる。脱衣場では、車椅子の人は座ったままで衣服を脱ぐ(私も車椅子の時はそうした)、スタッフが手伝って脱がしてもらう人の方が多い。

脱衣場と浴室の間の曇りガラスの引き戸は利用者がスタッフに連れられて入退室する間、開いているのでかなりの時間洗い場の動きが正面から見える。

私は、後順で脱衣場に座った竹貫さんが係の職員と「私の禿げ頭で部屋を明るくしているのだ」など冗談を飛ばしているのを聞きながら、目先3間ばかり前に鏡に向かって腰をかがめ、後ろから浴場スタッフが体を支えている―おしめ(パンツ)をそっと剥ぎ取るためー男性の姿を彼の右から見るともなく見ていた。竹貫さんは職員に服を脱がしてもらっていたので見ていなかったと思う。

こげ茶色の胡瓜(きゅうり)状のものが尻からぶら下がっているではないか!あっ、と思った瞬間脱衣場で作業していた女性スタッフの周参見さんが右の素手でそれをつかみ取り、左手で箱から抜き取ったティッシュに包み込んだ。何という美事さ、というより美挙だ。こういう時にはこうしろというというコンプライアンス(規則遵守)を超えている。

彼女は、私が薬やお茶をちょっとでも残すと全部飲み干すまで監視するし、部屋から食堂への往復で4~5間もない距離を杖なしで歩いていると、何処で見ていたか、「大山さん、杖を忘れてはダメよ」と叱責をとばす。普段は愛想のない人だが、こうやって他のスタッフがやらないだろうことを敢然と行うことに、この時深い感銘を受けた。

次は私が入浴する番であり、係員が男性を丹念に洗った上で機械浴槽に入れないと厭だなと思ったが、係員は彼を浴場に入れて十分にシャワー掛けをして、「今日はこれで終わりにしましようね」(浴槽には入らない)と言うのが聞こえ、男性はブツブツ不満を唱えているようだったが、私は「助かった!」と歓喜した。係員のこの行為が通常のコンプライアンスである。

私はトイレの神様にツイてる?別の男性がほとんど同じ情景を作り出したのを目の当たりにした。

前回の事件から2週間も経たない日に、彼は、浴槽にそのまま後ろ向きに押し込まれる可動式の風呂椅子に座り、大鏡を前に係員から背中を洗って貰っているところだった。ふと床を眺めると茶色のそれらしき物体が落ちている。

はてな? それは機械浴専用の椅子の座面の縦割れの隙間から落ちたに違いない。

やったな! 私は脱衣場にいて、過日と同じように彼の風呂椅子の右サイドからそれをはっきり見たのだが、係員は椅子の後ろに立って背中を流しているので咄嗟には気付かなかったかもしれない。しかし、係員は直ぐ気が付き椅子をずらし、モップで床をグングン流しつつ男性に告げた。

「今日はシャワーだけにしましょう。」と。

この職員に限らず、風呂場担当スタッフはそういう場合にすべきことを習っているのだ、と私は改めて分かった。即ち、この事は目新しい事件ではなく、おしめを付けている入居者には往々にしてあることなのだ。往々にしてあることへの対処事項がコンプライアンスである。しかし、「△△△を手づかみにすべし」はコンプラの対象である筈はない。

次回へ続く・・・

 

 

著者プロフィール

大山 Tak 卓 1931年生まれ。

介護ホームローズ(仮名)入居者。東京大学法学部卒。国税庁入庁(大蔵事務官)、税務署長。エッソ石油(現エクソンモービル社子会社)税務部に転職、東京及びニューヨーク本社在勤。その後、ファイナンス会社数社の経営に参画。対米、カナダ、香港の投・融資・契約業務実施。国際経営コンサルタント。

編集者:野口 Kao 廣太。1986年生まれ。介護ホームローズ(仮名)施設長。理学療法士。デンマーク国立Egmont校卒。スヌーズレン施設設立。教員アシスタント。デンマーク福祉施設にて障碍者、高齢者への支援を実施。

 

我々は、医療・介護・福祉のすべての人に有益な情報をお届けする活動をしています。
ぜひ以下のサイトもご参考になさってください。

一般社団法人
国際福祉医療経営者支援協会

一般社団法人
これからの介護医療経営塾

現在、病院管理者養成塾、第1期生募集中です。

医療・介護・福祉に携わるすべての人に読んでほしい
Daily Reportの詳細は下記をご覧ください。

堀田の書籍はこちら
コミュニケーション活性化で組織力向上! 経営者・管理者が変える介護の現場
ABOUT ME
堀田慎一
経営コンサルタント/MBA/大阪市立大学大学院非常勤講師 1992年より2015年まで大手経営コンサルティング会社にて勤務。うち2002年から2005年まで一般財団法人医療経済研究・社会保障福祉協会医療経済研究機構にて勤務。2016年より一般社団法人国際福祉医療経営者支援協会代表理事。