実録 蘇生した介護老人

第15話 外部との通信問題 -実録 蘇生した介護老人-

蘇生した介護老人

施設Cの入居者には、外部人間との連絡・通信環境が欲しいと願望する人は少なく、介護が受けられ、そこで長期に居ることが出来るならば、内向きの閉ざされた生活でもそこそこ十分であるという気風があるように見える。居心地が肌に合う人が結構居るようだ。

私は、そうではなく、特別の生きざまをしなければならない環境に投げ出されたので、その自覚に立ち戻った今は、不覚にも絶縁してしまった旧友や仕事の関係者や金融機関等と連絡を取りたくて懸命になった。そして、これら住所、電話、アドレスを探そうとしたが息子が届けてくれた手帳は2年前の物であり、記載されている連絡先は電話と携帯番号ばかりで、住所その他必要事項はパソコンのファイルにしか載せていなかったし、そもそも今はこれらの通信手段はすべて手持ちしていない。従って、昔風の郵便を使う以外にないので、世話焼きの妹に便箋、封筒、葉書、切手、ボールペンの宅送を頼んだ。自宅や付近に延べ70年居たため道筋、近所の店舗、ビル等には通暁していたので、正式の住所が分からなくとも、道筋と目立つ店舗名を上げて宛先を記載すれば、郵便局は親切に探してくれ、手紙類は届くものだ。

しかし細かい話だが、手紙を作るに際して誤字の修正液、封筒を閉じる糊やステープラーを用意していないので、これらを事務所から借りるほか投函も頼まなければならず、小心者の私はこれらに気を遣った。手紙を手書きすると誤字脱字や表現の訂正が出来なくなるし、忘れた漢字を調べなければならず、修正液を持ったにしても、汚くならないよう下書きをすることが少なくなかった。漢字の復習にはなるが、手間暇が多いにかかる。漢字辞書がないので、危うげな字を調べる方法がなかった。パソコンが欲しかっ た。

急ぎを要する場合の電話が問題だった。外部への電話は相手が私の友人であっても事務所が用件を間接的に保証人(息子)に告げる方法しか採れず、息子は留守電に応えるにも多忙で用を果たせない。6階事務室の男性職員に頼んだら、彼が番号を押して先方に繋いでくれ、私が電話口にでるという助け船を出して貰ったことが2度あった。3度目にまた頼みに行ったら助けてくれた職員がいなくて、女性職員が「何でしょうか?」と聞く。

「友人に急いで連絡したいことがあるので電話をお借りしたいンですが・・」
「どんな用事ですか?」
「相談ごとの返事をしたいのです」
「駄目です」
  「なぜですか?前に男性職員にして貰っていたのに駄目とは頭にきますね」
「他にも使いたい方がいるのに、貴方だけにお貸し出来ません」

それ以上悶着すると、私に例外を与えてくれた男性職員の恩を仇で返すことになると案じ、止めて引き下がった。友人には詫びの手紙を書いたが、用件の一部はtoo late(時すでに遅し)になった。

この事により、電話は誰かの生死に関するような重大時でないと借りられないと観念した。一方、携帯電話は持ち込んで良いこと、但し他人の妨害にならぬよう廊下などで使うことなどの制約があるとも聞いたが、私は携帯を持っていないので、息子が私に寄越すまではその制約ですら他人事だった。 他方、ここの居住者から、携帯を持ち込んだが事務所から取り上げられたのでそれからは使うのを諦めたと、聞いたことがある。これは誤認だと考えた。

5月になったとき久しぶりに再会できた友人が所有していた使い古しのパソコンとWii-Fiを提供してくれた。ホールの端の電源差込口に借りていた机を近づけて貰った。郵便で知りえた友人達のアドレスにメールを送り、依頼された財務分析をエクセルで作成するなど、施設に居ながら結構忙しいが外界の友人たちと久しぶりにコミュニケートできる楽しい時間を過ごすことができた。

病院で治療を頂いた院長先生が施設に来られ、私の脇に立ち止まったのでPCいじりが咎(とが)められるのかと一瞬身構えた。先生はPCをのぞき込んで、「難しいことをやっていますね。これは頭のトレーニングにいいですよ。でも根を詰め過ぎないようにして下さいよ」と激励を受けた。
電話は禁止、PCはOK、どう違うのだろうか? 私はPCの方が電話より脳トレによい効果があるからなのだろうと勝手な解釈をした。

 

著者プロフィール

大山 Tak 卓 1931年生まれ。

介護ホームローズ(仮名)入居者。東京大学法学部卒。国税庁入庁(大蔵事務官)、税務署長。エッソ石油(現エクソンモービル社子会社)税務部に転職、東京及びニューヨーク本社在勤。その後、ファイナンス会社数社の経営に参画。対米、カナダ、香港の投・融資・契約業務実施。国際経営コンサルタント。

編集者:野口 Kao 廣太。1986年生まれ。介護ホームローズ(仮名)施設長。理学療法士。デンマーク国立Egmont校卒。スヌーズレン施設設立。教員アシスタント。デンマーク福祉施設にて障碍者、高齢者への支援を実施。

 

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ABOUT ME
堀田慎一
経営コンサルタント/MBA/大阪市立大学大学院非常勤講師 1992年より2015年まで大手経営コンサルティング会社にて勤務。うち2002年から2005年まで一般財団法人医療経済研究・社会保障福祉協会医療経済研究機構にて勤務。2016年より一般社団法人国際福祉医療経営者支援協会代表理事。